Kanataのテキサス州(アメリカ)への高校生-留学-体験談 3ヶ月目
こんにちは。留学生活3ヶ月目のKanataです。(日本では)テニス部に所属していて、J-popが好きな高校1年生です。これから、何度かに分けて私がアメリカで経験したことや感じたこと等を伝えていければと思います。拙い日本語ではありますが、どうぞよろしくお願いいたします。
出発日当日、私と母のとてつもない心配性により、BIEEの方々より早く空港に着きました(汗)。そこから、搭乗手続きや最終オリエンテーションをしました。オリエンテーションの後荷物を預け入れたのですが、その時に私のスマートフォンが鳴りました。唐突にクラスメートからオンライン上で作った寄せ書きを送ってくれたのです。さすがに動揺と嬉しさを隠せず、思いっきり座り込んで泣き出しました。周りの人たちは本当に心配したのち、私に「良かったね」と声をかけてくれました。人の温かさに触れた出来事でした。本当にこれがコロナ禍によって空港にほとんど人がいなくてよかったとも思いますが(笑) 。
その後、出国審査を経たのちDallas行きの飛行機に乗り込みました。このご時世で飛行機はすっからかんだったので、添乗員の方にビジネスクラスの席に案内されました(しかも1人で横3席使って良いとのこと)。そこで、夕食を食べたり、テトリスしたり、日記書いたり、横になったりしました。エコノミーのご飯より格段においしいので本当にラッキーでした。そうこうしているうちに、乗り換え空港Dallas Fort Worth International Airportに着きました。
Dallasでは入国審査をしたのち、1度荷物をピックアップするはずだったのですが、全然流れてこず。私とYさんはAustin行きの飛行機の時間が迫っていたので、荷物を取らずに搭乗口に向かいました。ぎりぎりまで荷物を待っていたので広い空港をダッシュ。その時に日本で買った飲み物をリュックに入れていたのを忘れていた私は見事に保安検査に引っ掛かりました。入国審査の緊張と不安からか飛行機内でなぜかリュックに入れていたようです(こんなミスは普段しないと思う)。そんなトラブルもありながら、何とか無事にAustin行きの飛行機に乗ることができました。海外という緊張の中、結構な距離走った私は疲れて、1時間のフライトをすべて寝て過ごしました。そしてとうとう目的地Austin Bergstrom International Airportに着きました。
翌日から月曜日までは休みであったため、スーツケースの受け取りに行ったり、自分のアルバムを見せたり、Austinの都市部に行ったりとホストファミリーとの時間を過ごしました。
これを英語で口頭で伝えられた私は頭の理解が追い付かず、3、4回尋ねなおしました(汗)。この1連の流れで、少なくとも4つの家族にお世話になることになりました。これをポジティブにとらえていこうと思いました。コーディネーターの友人家族は、14歳の女の子と5歳の男の子がいる家庭でした。学校に行けていない私にとって、近い世代の子や、年下の男の子と話すいい機会となっています。5歳のパワーは16歳となった私にはすさまじく、それでも楽しく遊ぶなどしています。また、コーディネーター宅には同じくBIEEからの日本人留学生がホームステイしているので、日本語で話す久々の機会となりました。また、11月23日~11月27日はThanks givingによって、学校が休みだったので、一緒に買い物に行ったり、寿司(くら寿司がAustinにもある)を食べに行ったりと充実した日々を送れました。11月26日のThanks giving dayには様々な人や物事に感謝しながら過ごし、夕食にスイートポテトを食べるなどして過ごしました。
長くなりましたが、今回のレポートはここまでにしたいと思います。ご精読ありがとうございました。
Left from Japan
羽田空港にて私は9月5日に日本を出発しました。前日まで、私は友達と遊んだり、母親に手伝ってもらって荷物を詰めたりホストファミリーとGoogle meetで話したりしていたものの、やはりというか実感はあまりわきませんでした(多分みんな言うと思う)。それでも、夜になると不思議とちょっとずつ実感がわいてきました。出発日当日、私と母のとてつもない心配性により、BIEEの方々より早く空港に着きました(汗)。そこから、搭乗手続きや最終オリエンテーションをしました。オリエンテーションの後荷物を預け入れたのですが、その時に私のスマートフォンが鳴りました。唐突にクラスメートからオンライン上で作った寄せ書きを送ってくれたのです。さすがに動揺と嬉しさを隠せず、思いっきり座り込んで泣き出しました。周りの人たちは本当に心配したのち、私に「良かったね」と声をかけてくれました。人の温かさに触れた出来事でした。本当にこれがコロナ禍によって空港にほとんど人がいなくてよかったとも思いますが(笑) 。
その後、出国審査を経たのちDallas行きの飛行機に乗り込みました。このご時世で飛行機はすっからかんだったので、添乗員の方にビジネスクラスの席に案内されました(しかも1人で横3席使って良いとのこと)。そこで、夕食を食べたり、テトリスしたり、日記書いたり、横になったりしました。エコノミーのご飯より格段においしいので本当にラッキーでした。そうこうしているうちに、乗り換え空港Dallas Fort Worth International Airportに着きました。
Dallasでは入国審査をしたのち、1度荷物をピックアップするはずだったのですが、全然流れてこず。私とYさんはAustin行きの飛行機の時間が迫っていたので、荷物を取らずに搭乗口に向かいました。ぎりぎりまで荷物を待っていたので広い空港をダッシュ。その時に日本で買った飲み物をリュックに入れていたのを忘れていた私は見事に保安検査に引っ掛かりました。入国審査の緊張と不安からか飛行機内でなぜかリュックに入れていたようです(こんなミスは普段しないと思う)。そんなトラブルもありながら、何とか無事にAustin行きの飛行機に乗ることができました。海外という緊張の中、結構な距離走った私は疲れて、1時間のフライトをすべて寝て過ごしました。そしてとうとう目的地Austin Bergstrom International Airportに着きました。
Nice to meet you
Austin市内(都市部)の公園Austinの空港ではホストファミリーが日本語で書いてくれた目印を持って出迎えてくれました(ちなみに、ホストファミリーはカップルで子供はいません)。Google翻訳を使って書いてくれたようで驚くとともに嬉しかった出来事です。その後一応荷物の到着を待ってみましたが、届くはずもなく航空会社のカウンターに向かいました。その時にYさんとも鉢合わせてお互いのホストファミリー同士で挨拶していました。ホストファミリーの家は空港から10分ほどのところにある住宅街にあります。初めて家に向かうとき、せっかくだから景色を見ていようかと思いましたが眠気が勝り、寝てしまいました。初めて家を見たときは事前にどのくらいの家か話していたのもあり格段驚きはしませんでしたが、庭で蜂を飼っているのを見たときはさすがに驚きました。その日は夜遅くの到着でもあったため、夜ご飯とバニラアイスをいただいてから寝床につきました。翌日から月曜日までは休みであったため、スーツケースの受け取りに行ったり、自分のアルバムを見せたり、Austinの都市部に行ったりとホストファミリーとの時間を過ごしました。
School
Second houseのプール火曜日からzoomを用いたオンライン授業が始まりました。始業式に出てから知ったのですが、アメリカの高校は9th~12thであるため、10thである私は2年生に当たるそうで、驚きました。私の学校は1日に4科目で1日ごとに教科が変わります。私自身は、English, Geometry Pre-AP, Chemistry Pre-AP, World history, Individual sports, Band, Korean, Businessの8つを受講しています。Pre-APは普通のクラスより、少しレベルが高いクラスのことですが、日本の高校とあまりレベルは変わらないです(EnglishとWorld historyもPre-APを選択できるのですが、英語で理解できる自信がないのでやめました(汗))。また、Austinにはヒスパニックが多いので、Englishはスペイン語を母国語とする人たちのクラスに入っています。他にも、Businessや第二外国語のクラス(KoreanかSpanish)といったユニークなクラスもあって面白いです。zoom授業は家を出なくていいので、自室で授業を受けられるのは非常に楽ですが、友達ができてないのもオンラインならではかな、と思います。アメリカの学校の特徴とされる、双方のコミュニケーションはとれていませんが、これはこれで貴重な経験だなと思っています。Second house
私とホストファミリーはほぼ毎週末、車で2時間ほどのSecond houseに行っています。写真のようなプールや海の見えるデッキなど、とても楽しい週末をおくらせていただいています。また、ほとんどの場合でホストファミリーの親戚や友達をお招きしているので、ホストファミリー以外と話すことができる大きな機会でした。日本語についてや、日本の学校、大統領選挙などいろいろなことを話せて楽しいと感じています。ちなみに、Second houseに向かうときに夕食として買うフライドチキンは私の好物となりました。(笑)My Birthday
Birthday party私が渡米してから約1ヶ月、私は誕生日を迎えました。誕生日の3日前にミュージアムに連れて行ってもらいました(完全サプライズで連れていかれた)。その翌日から私はSecond houseに向かいました。そこで、私は普段通りの週末を送り、日曜日にいつも通り帰ってきました。荷物を自分の部屋に置いたとき庭に来るように言われたので何事かと思いました(自分の誕生日であることを忘れていた)。ホストマザーの親戚の方々がサプライズパーティーの手伝いをしてくださっていたようで、驚き、嬉しいと思うとともに、感謝の気持ちでいっぱいになりました。まだ、1ヶ月の付き合いの私を盛大に祝ってくれたのは感激しました。パーティーの後、私はコーディネーターから誕生日のお祝いメッセージとともに、明日話さないといけないことがあるという旨の連絡をもらいました。FLAGからの注意がされるのかと思いましたが、私自身が何か問題を起こした記憶はなかったので、何のことだろうと思っていました。Host change
翌日、放課後にコーディネーターと電話で話をしました。最初は私の近況を尋ねて来たので、昨日のBirthday partyのことを話しました。その後、本題に入り、11月にホストチェンジになる旨を伝えられました。今のホストファミリーはウェルカムファミリーでホスト出来なくなるということ、まだ時間はあるので、今のホストファミリーと変わらない日々をまだ送れるということ、新しいホストファミリーや場所、正確な移動日はまだ決まっていないこと、何も不安に思うことはないといったことを伝えられました。出発の時にBIEEからウェルカムファミリーであることは伝えられていましたが、完全に忘れてしまっていた私はひどく動揺をしました。ホストファミリーとの生活にも慣れてきてせっかく良い関係になってきたのにという気持ちであったり、私自身人見知りであるため、新しい家族とうまくやっていけるのだろうかといった不安がありました。電話中に不安があることをコーディネーターに相談しましたが、大丈夫だからと言われました。この時ほど、もっと英語ができればと思ってことはないです。その直後、BIEEと日本の両親にホストチェンジの報告をし、BIEEには相談もさせていただきました。その夜にホストチェンジの電話があったという話を、ホストファミリーに話したとき、「今どんな気持ち?」と聞かれたので、「不安だ」ということをつたえたら、ホストファミリーは「Kanataはいい留学生だから大丈夫だ」と言いました。その翌日には、BIEEから返信があり、アドバイスをもらい、ホストファミリーの言葉とBIEEのアドバイスで、ポジティブにこのホストチェンジを捉えるようになりました。結局、ホストチェンジは12月18日(1学期の最終テスト最終日)になり、Austinから車で1時間のNew Braunfelsに住む、ホストファミリーに決まりました。新しいホストファミリーはホストマザーと同い年のホストブラザー、そして同い年のドイツからの留学生になりました。Wedding and Thanks giving
私が留学生活を送り始めて、ちょうど1週間の時にホストファミリーは結婚をしました。6月に結婚式をするそうですが、新婚旅行の計画は聞いていませんでした。しかし、大統領選を配慮して避難していた、Second houseからの帰りの道で、11月19日からの2週間、旅行に行くこととその間コーディネーターの友人宅に行くことを聞かされました。ただし、そのうちの4日間は友人家族が旅行に行くので、その間はコーディネーター宅でホストしてもらうことになりました。わかりやすくまとめると以下のようになります。〜11/18 |
現ホストファミリー宅に滞在 |
11/19〜11/20 |
コーディネーター友人宅(新婚旅行のため) |
11/21〜11/25 |
コーディネーター宅(友人家族の旅行のため) |
11/26〜12/3 |
コーディネーター友人宅 |
12/4〜12/17 |
現ホストファミリー宅に滞在 |
12/18〜 |
新ホストファミリー宅にホストチェンジ |
長くなりましたが、今回のレポートはここまでにしたいと思います。ご精読ありがとうございました。