Mamiのバージニア州(アメリカ)への高校生-留学-体験談 2ヶ月目
私はホストファミリーとの本格的な留学生活が始まる前にオハイオ州で約2週間、ミシガン州で3日間のオリエンテーションがありました。
オハイオ州のオリエンテーションでは、タイの留学生と2人で部屋をシェアしました。初めてその子と会った時、中国の飛行機の遅れで日本と中国の到着が23時を過ぎ、タイの留学生はすでに寝てしまっていたので、次の日その子と話すのがすごく楽しみでした。しかし、いざ次の日の朝になるとお互い緊張のあまり「おはよう」を言うので精一杯でした。オリエンテーションが始まって3、4日は日本人は日本人と、中国人は中国人と、タイ人はタイ人と固まっての行動が目立ちました。毎日の授業でのグループ活動を通して少しずつ少しずつ国の壁がなくなり、いつしかみんなすごく仲良くなっていました。
しかし、ルームメイトはすごく静かで、あまり会話をすることがなくどことなく遠い感じがしていました。どうにかして仲良くなりたいと思っていたそんな時、宿題が出ました。ここにいるカウンセラーの誰でもいいから手紙を英語で書くというものでした。私は今まであった事を書いて研修の先生のMaryに出しました。返事が返ってきて、次はここにいる誰にでも手紙を書いていいということだったので、誰に書こうか考えながらMaryからの返事を読んでいると、一番最後にいつもMaryが言っていた言葉"Just Ask"が書いてありました。私ははっと思いルームメイトに手紙を書きました。次の日の朝食で約10個ほどの質問とメッセージを書いた紙を入れた封筒を持ってルームメイトのところに行き、”you've got a mail” と言うと、小さく笑ってくれました。次の日の朝にその子は手紙を返してくれました。読んでみると、私への返事とともにその子も同じように質問を書いてきました。質問の内容は私のものとさほど変わりませんでした。この子とはその後も特別たくさん話すことはありませんでしたが、手紙を書いたことでお互い何を思ってるのか知れて不思議と遠い感じはなくなっていました。
こうして、いろんなゲームをしたり、国の紹介をしたり、スポーツをしたり、ナイアガラの滝に行ったり、ボーリングやウォールマートではしゃいだりして一日一日を本当に楽しんでいるうちに、早くもお別れの時が近づいていました。ここでお別れをしなければならなかったのは、ジュニアカウンセラーやいろいろを教えてくれた方々、中国の留学生そして数名の日本の留学生でした。私は特にグループ活動を仕切ってくれたMollieと日本からのジュニアカウンセラーでもあるTakakoさんには本当に感謝の気持ちでいっぱいで別れる前に何かしたいと思っていました。すると数名の日本の留学生から、ある計画を聞きました。計画はこっそり進められ、お別れの寸前にTakakoさんには色紙をわたし、そして、通学する学校の開始日の関係で数日早くお別れをする日本の留学生とTakakoさんのために、その他の日本の留学生みんなでいきものがかりのYELLを歌いました。もちろん日本語で歌ったので、日本人以外には歌詞を理解できるわけでもないのに、お別れする日本人どころか数名のカウンセラーまで泣いてしまうほど急遽用意されたサプライズではあったけどすごく良いお別れが出来ました。後はMollieのお別れをどうするかでした。準備できる時間はほとんどありませんでしたが、個人的に手紙を書くよりいろんな人のメッセージが集まった方がいいと思ったので私はグループ活動を一緒にやっていたメンバーに声をかけ、色紙を書きたいから協力して欲しいと頼みました。みんな快く引き受けてくれ、ばれないように回しながらなんとか全員のメッセージを集めることが出来ました。最後の仕上げに私はTHANK YOUと裏に大きく書きました。しかし、あまりにも焦っていた私はスペルを間違えTANK YUOと書いていました。メンバーの1人であったタイの子が教えてくれた時、完全にみんなの協力を台無しにしたと思いました。呆れ果てていると、教えてくれたタイの子がペンを取り何かを書き加えていました。見てみると、TとAの間にはHを書くスペースはなかったのに、字体を少し変え不自然なくHがしっかり加えられ、YUOはYOOOUになっていました。ビックリしつつも出来上がった色紙を持ってメンバー全員でMollieのところへ行き渡しました。これが一番最後のグループ活動でした。
お別れも終わり新たな気持ちで今度はミシガン州へ3日間のオリエンテーションに向かいました。ここではオハイオ州とは少し違い、ヨーロッパやブラジルからの留学生も加わり本格的なFLAGやホストファミリーとの規則を学びコーディネーターにも会いました。一つだけ同じだったのは、スポーツは友達を作る良い方法だということです。こっちでドッジボールというとボールを3、4個使い……というかんじで、そんなのはつまらない!日本ではこうやるんだ!と強引にルール説明をし、日本でやるあのドッジボールをして国に関係なく21時頃まで楽しみました。
この3日間はあっという間に過ぎついにホストファミリーとの生活がやってきました。初めて空港でホストマザーに会った時、光るマクラとM&Mをプレゼントしてくれました。DCの空港から家までの約1時間で、まず驚いたのはこのホストファミリーはすでにホストをしたことがあり私は20数番目であるということ。私はビックリしてwowと言ったまましばらく固まってしまいました。学校が始まるまで約1週間あり、そこで少しずつ家のことを教えてもらったり、時間割を決めたりしました。
学校の初日はとにかく忙しかったです。一度学校が始まる前に下見はしたものの、迷いに迷いクラスとクラスの間の5分間は学校中を駆けずり回りました。2、73日経ってやっとある程度の場所を把握したころ2時間目から3時間目へとジムへ移動するのに普通に歩いても5分かかってしまうので、近道はないかなと思い廊下で少し立ち止まっていました。すると1人の女の子が ”Do you need help??” ”Where do you wanna go?”と話しかけてくれました。”I'm gonna go to gym” と答えると、「ああ!こっち!」と言いながらジムまで連れて行ってくれました。ありがとうとはいったものの名前を聞くのを忘れたため次会ったら聞こうとおもっていたのですがこの子とは授業もランチも被っていなく、これ以来しばらく会えませんでした。
授業にも慣れてくると先生も問題を出してくるようになりました。数学の授業では”3/4 × 32/5 × 25/24…Mami”と言われたので30秒もしないで答えると、「電卓使ったの?」とみんなに聞かれ「持ってない」と答えると「なんでそんなに速いんだ!¥と言われたので「4と32はで4は消えて32は8になって…」と一通り説明すると、「ずるい!俺は3 × 32 × 25と4 × 5 × 24したのに!」と先生一同大爆笑。生物はいろいろな用語が出てくるので最初はすこし大変でした。しかし、質問をすると先生も丁寧に説明してくれるのでなんとかやっていけると思いました。
学校が始まって1週間もするとだいぶ落ち着き、部活にも入りました。大会に出るにはまず24日の練習が必要と言うことで、初めての大会は9/21でした。練習初日は何をするのか何が何だか全然わかりませんでした。”thirty-one thirty-six weight room push up, set up, pull up, good morning, dumbbell squat 83sets don't be late” なんて言われ、「……???」だった私はとにかくみんなを観察し同じよなことをやるしかありませんでした。なので次の日私はうっとおしいかなと思いながらも、メンバーにあれこれ質問をしました。みんなすごく丁寧に教えてくれ、そこからいろいろ話しかけてくれるようになりました。後からブラジルとドイツからの留学生もクロスカントリーに入部してきてすごく嬉しかったのですが、1週間もしないうちに”I don't like running.”と言ってやめてしまいました。しかし、ある日地区大会のようなものに行った時”Mami!”と呼ばれ、クロスカントリーのメンバーはみんな私を”m&m”と呼ぶので誰だろうと思いながらも周りを見渡すとミシガン州のオリエンテーションでルームメイトだったドイツの留学生が手をふっていました。まさかこんなところで会えるとは思ってもいなかったので、2人で大はしゃぎしました。
そして、早くも学校が始まって1ヶ月が過ぎ、友達もでき、ジムへの行き方を教えてくれた子とも仲良くなり、フットボールのゲームを友達と観に行ったり、遊びに行ったり、映画を観に行ったり、大変なこともあるけどそれ以上に楽しいことが増え毎日を本当に楽しんでいます。
0 今私が思うのは、とにかく話す、うるさいくらいに喋ることが友達を作る上で大切だということです。最初のころはみんなが話しかけてたり、いろいろ聞いてくれたりしても、ただ質問に答えて話が終わってしまう、質問の答えを考えてから喋る、というかんじでした。でもある時1人の友達が ”You are very thoughtful. People in America speak and ask before they think so people always say “Oh, sorry, I didn't mean so." And also they answer the same question differently. Nobody cares what you answer. They just wanna talk. You'll see!”と言ってきました。私はこの言葉を聞いて話が途切れる原因がはっきりした気がしました。それから私は、何か聞かれたら、ちゃんと質問にも答えるけど、必ず答え以外になんでもいいから一つ話題を加えて返すように心がけています。今までで一番笑った話題は日本のトイレについてでした。こうして自分から何か話題を作ることで一緒に歩いているのに静かということはほぼなくなりました。こうやって少しずつ文化に馴染んで行くのかなと思うとこの先すごく楽しみです。