Ricoのミシガン州(アメリカ)への高校生-留学-体験談 7ヶ月目
今年になってから雪の警報で10回も学校が休みになりました。このレポートで毎月のように言っていると思うのですがミシガンは一日のうちに雪が降って雷がなって昼には晴れたと思いきや台風がやってくるという本当に不安定な天気です。
今月はアイススケートやそり滑りなど初めての冬のアクティビティに挑戦しました。小さな子供まですごいスピードでスケートしている中、壁に這いつくばって転げそうになったのはなかなか恥ずかしかったですが…回数を重ねるごとに少しずつ滑れるようになりました。リンクはとてもソーシャルな場所で初めて会う人とでも気軽に会話が始まります。考えてみるとアメリカに来た直後はこんな風に話せなかったなぁと思います。今や学校で初対面の生徒が引くほどすごい勢いで話しかけてしまうことがあります。会話力が付いたのは良いのですが少し気をつけないとなぁと思いました。(笑)
天文学と演劇を教えている先生との面白い会話がありました。仮にA先生とします。日本とアメリカの挨拶の違いについてでした。礼に始まり礼に終わる、どんな時も挨拶を忘れずにと小さな頃から言われて育ってきましたがこちらには全くそんな文化がありません。友達と話すものの、ほとんどの先生とは廊下であっても「お疲れ様です」のような正式な言葉はなくただ気まずくすれ違うことが多いです。挨拶をして無視される事もしばし。私にとってこれはすごく不快感で私が悪い事したのかな、なんで無視されるんだろう、と思い悩んでいました。これをたまたま話していたところ、日本では何かをしなかったことに意味があるんだね、とA先生がぽつりとつぶやきました。ごく普通で今まで考えた事もありませんでした。確かにもし日本で挨拶をしなかったら私が先生や先輩を尊敬していないということになるでしょうし、相手ももちろん良い思いはしないと思います。ですがA先生いわく挨拶を返さなかったのに理由なんてないそうです。ただしなかっただけだよ、とさらっと言われたのは私にとってかなりの衝撃でした。無視をしているつもりさえないと聞いて挨拶されたときに何も考えてないって一体どういうことなんだ?と思いながらもそれほど重要さが違うということなのかなと理解しました。この文章全体、意味が通っているか分かりませんが…(苦笑) 少し新しい発見でした。そしてもう一つの違いは先輩、後輩さらには先生との上下関係が全くないことです。これも挨拶が浸透していない理由の一つだと思います。仲良くするのに学年や年齢なんて関係なく、誰とでも"友達"になれるのです。このとても自由な感覚が良いなと思うのですが今は私までこちらに慣れてしまっているので日本に帰った時誰かに失礼になるんじゃないかと心配です。
アメリカの10代、ティーンエイジャーについて少し書いてみようと思います。16才から車の免許が取れるなど彼らはとても自立しているというのが私の第一印象でした。私が最近感心したのは政治学の授業で今の経済についてどう思うか先生が聞いた時にたくさんの数の意見が一気に生徒から上がったことです。もし日本の授業だったら…教室にいる誰もが沈黙に陥る、そんな気がします。日本ではなにかと答えを言い渡されることが多く自分の思っていることを発言する機会があまりないのに対し、こちらではディベートの連続です。彼らの発言力はすごいです。ですが一人ひとりが強い意見を持っているため言い争いになったりさらには殴り合いになることもあります。こちらに来てから数えきれないほどの喧嘩を見てきました。これは未だに理解し難い光景です。(もちろん全員がというわけではありません!)
先日、友達の即興演劇があったのですがそれには本当に圧倒されました。内容はお客さんからいくつか単語や話題をもらってその場ですぐに劇を演じるというものです。教室で行われ、セットも大きな舞台もないのに関わらず作り上げられていくストーリーが素晴らしく彼らが一緒の学校に通っている高校生とは思えませんでした。演技を心から楽しんでる姿に感動して涙までてきました。幕が閉じてから友達に「このショーで笑ってもらうはずなのになんで泣いてるのー!」と言われました。(笑) こうして7ヶ月経った今も私は毎日新しい刺激を受けています。
ミュージカルが終わってからの放課後は陸上部のトライアウトに参加していました。スポーツはあまり好きではないのですがまた新しい先生や友達と出会ったりして私なりに楽しんでいます。来月には次のミュージカルのオーディションがあるのでそれまでは続けて陸上にチャレンジしたいです。