Yodaiのアメリカ高校留学・体験談8ヶ月目
アメリカにいながらもこの時期、地震について多く聞きました。3月11日の朝、ユースの友達とサウスカロライナのMyrtle Beachに行くために準備をしていました。友達が「大丈夫か?」と電話をかけてきました。その時は日本で地震があったことは知りません。そして彼も地震について何も言及しなかったので普通に電話をきりました。しばらくたつと、host momの息子さんから「Yodaiの家族は大丈夫か?」と電話がきました。そのとき初めて昨夜日本で巨大地震があったことを知りました。すぐテレビをつけ、情報を得るようにしました。しかし待ち合わせ場所である教会に時間通りに行かなければならず何が日本で起こっているのか詳しく知ることができませんでした。唯一知れたことが、仙台周辺で大きい地震が起こったということ。そしてそれは今までに起こったことがないくらい巨大なものであったこと。地震によって発生した津波が街を破壊したことということだけでした。Myrtle beachに着いてhost momに電話し、家族は無事ということを伝えました。
震災後、学校で寄付金を集めようと決めました。カウンセラーや学長に相談し、チャリティーコンサートを開催するように努力しました。開催日を決めるのに時間がかかり、最終的には5月14日と15日の2日間開催することに決まりました。成功することを祈ると同時に、被災した人たちに対して本当に悲しく思っています。
最初に少し書きましたが、Myrtle Beachに行ってきました。たぶん大西洋を見たのは初めてです。Shabbachと呼ばれる学生会議があるため15人で行ってきました。週末から開催され2泊3日の滞在予定です。どの会議も毎回2000人以上の人たちであふれ、自分達のグループは金曜日、土曜日の夜、日曜日の朝にあります。爆音の音楽と共に有名なゲストスピーカーが多くいます。会議と会議の合間の空き時間は浜辺でサッカーしたり、ホテルのプールで泳いだり、夜は海沿いを夜中の1時ごろまで散歩したりして過ごしました。誰かが言っていたのですが、Myrtle Beachは10番目に犯罪率が多い所だそうです。多くの人がドラッグに巻き込まれているような気がしました。散歩した後、一つの部屋に集まって2時まで語り明かしました。でも自分は寝るのが早いほうで他の人はまだ起きていたそうです。疲れていたので最初の日は1時半に就寝しました。最悪なことにこの日の土曜日はdaylight saving timeだったので、二時半に床についたのですが、本当は三時半でした。でも本当に素晴らしい体験をしました。ノースカロライナに帰った次の日が学校で、疲れもとれないまま学校に行き一日中眠かったですが。家に帰るとhost momが週末に車を故障させ、さらに多少怪我もしたという話を聞きました。今は大丈夫です。
ある週末AP music theoryの時同じクラスだった友達がオーディションに連れて行きました。彼はEuphoniumを演奏します。共に演奏してくれないかと頼んできたからです。しかし日本なら普通1ヶ月間くらい練習するものですが、一週間しか時間がありませんでした。その一週間は地獄のように忙しかったです。学校が終わり、テニスの練習した後、友達とクラシックの練習。勉強もその合間にしなければなりません。テニスの試合が入った日もあり、その後またクラシックの練習ともはやパニック状態でした。最終的にはhost momがあまりにも心配して強制的に自分のことを止めました。たしかにここ最近2時半前に寝るということがなかったのです。土曜日にあったオーディションは完璧ではないにせよ、うまくいったと思っています。
三月の最終日他の交換留学生と共にBiltmore Houseに行ってきました。アメリカ一巨大で有名な家です。150の部屋、50のバスルーム。家を掃除するだけで一生かかるのではないかと思いました。その日の夜は二人の留学仲間が家に泊まりにきて、一夜を過ごしました。
できる限り最後の2ヶ月楽しもうと思っています。